1979年7月1日、SONYは「ウォークマン」を発売した。音楽を「移動しながら聴く」という行為は、それ以前には存在しなかった。プロダクトが人間の行動様式を変えるという現象を、ウォークマンほど明確に示したものは少ない。
三つの設計上の逆張り
ウォークマンの設計には、当時の常識への意識的な反逆が三つある。
録音機能を省いた。当時のカセット機器は録音が標準機能で、再生専用は「劣化品」として認識されていた。SONYは録音を削除することでコストを下げ、持ち運びに最適化した。市場調査では「録音できない機器は売れない」という結果が出ていたが、盛田昭夫は無視した。
スピーカーを省いた。個人が耳にイヤホンをつけて聴くという行為は、公共空間では奇異に映った。音楽は「みんなで聴くもの」という前提を崩した。
小さくした。カセットデッキほぼ一台分のサイズを、ポケットに入る大きさまで圧縮した。小型化のための技術開発はSONYのコアコンピテンシーだったが、ウォークマンはそれを消費者向けに初めて全面に出した。
ウォークマンのデザイン言語
初代TPS-L2の筐体は、当時にしては異例のアルミとプラスチックの組み合わせだった。ボディはシルバーとブルーのツートン、ボタン配置は視線を落とさずに操作できるよう設計されている。
後継モデルは1990年代に向けて小型化を極めていった。WM-EX808(1993年)は厚さ16mmを達成——カセット本体とほぼ同じ厚さだ。デザインの制約が技術革新を牽引するという逆説がここに現れている。
iPodとの連続性
2001年のiPod発売時、多くの評論家がウォークマンとの類似性を指摘した。「ポケットに1,000曲」というAppleのコピーは、「ポケットにあなたの音楽」というウォークマンの発想の延長だ。
Jony IveがBraunのRamsに影響を受けたように、AppleのプロダクトデザインはSONYを意識していた。Jobs自身が「SONYを目指していた」と発言している。
現代のSONYデザインDNA
「KANDO(感動)」という言葉を現在のSONYはデザインフィロソフィーに据える。技術的な優位性だけでなく、使う人間の感情的な体験を中心に置くという姿勢は、ウォークマンが証明した方法論の継承だ。
WF-1000XM5のイヤホンやα1カメラのボディデザインには、余分な装飾を省き機能から形を導くアプローチが貫かれている。ウォークマンから45年、その文法は変わっていない。